本当の自分が出せない、わからない

本音で生きる意識の使い方

自分の人生なのに、本当の自分を生きていない気がする。
自分の本音ってなんだろう?

ずいぶん長い間悩んで、やっと自分と向き合うことを始めて気がついたのは、

私はいつも人の評価を気にして、周りから批判されないようにと、素の自分を見せないようにしていたのだということ。

私はどうしたいか?何が私にとって心地いいのか?
見ないようになっていたんです。

嫌われる、疎まれる、距離をおかれるという怖れからですが、その思い込みがなぜできてしまったのか、自分では気づきにくいものです。

 

自分の人生なのだから、「自分がどうしたいか?」「何が自分にとって心地いいのか?」は、自分の基準で選んでいいはずなのに、なぜ選べなくなったのでしょう?

それがわかると、自分で変えていくことができます。

自分の生き方を決められるのは自分だけだと気づくところから

私たちは、属している家庭や地域、学校や会社など、社会全体からいろんなルールや常識などを受け取り、それに従って生きています。

本当はそうは思わない、自分はそうしたくないと思っても、逆らったら面倒だから、仲間はずれにされるとイヤだから、自分で考えるより楽だから・・・・・

と、つい流されてしまいます。

でもそうやって決めた生き方には、いつか息苦しさを覚えるようになるのではないでしょうか。

 

「自分が何をしたいか」なんて、自分にしかわからない。
どんなに大切にしてくれる家族や集団であっても、あなたの生き方を決めることはできないのです。

私は私

でも、
親に逆らっちゃいけない、
親の言うことは正しい、
先生の言うことも正しい、

と言われて育つと、
「自分のことは自分で選択していい」
「私以外の誰も、私の人生を決めることはできない」

という当たり前のことにさえ、気づけなくなってしまうんです。

だけど、自分の生き方を決めるのも、変えられるのも自分だけ。
誰もそれを止められないのです。

 

「自分で決めていいんだ!」「自分が変えていいんだ!」という根本的なところに気づくと、自分の本音がわかってきて、本音のままの自分を出せるようになってきます。

生まれ育った環境によって、いつの間にか身についたこととはいえ、人や社会の判断基準で自分のことを選ぶのは、自分を大事にしていないということになります。

自分を大事にしないでいて、本当の自分で生きていると感じることはできないのです。

 

自分のことを自分で選択できるようになるために

本当の自分を出そう、自分を基準に判断しようと思っても、慣れ親しんだその思考回路は、簡単には変えられないと感じるかもしれません。

自分で選択する

いきなり大きな選択は難しいかもしれませんが、人は日々、ホントにたくさんの小さな選択をしているのです。

その小さなことから、自分を慣らしていきます。

たとえば、ランチや飲みに誘われたときに、
相手の反応やお金のことを考えて決めるのを、やめてみるんです。

自分が食べたいかどうか、行きたいか行きたくないか、自分が心地いい楽しいと感じるかどうかで選ぶんです。

本当の自分を出せるようになるには、誰かや何かを基準にするのではありません。

「どちらが自分にとって心地いいだろう?」
「自分が楽しそうと思えるのはどれ?」

というふうに、自分が心地いい、楽しいと感じる方を直感で選びます。

考えないのです。
そうしないとすぐに、「でもね、やっぱり○○だから、こちにしておこう」という、慣れ親しんだ思考が入り込んできます。

 

慣れ親しんだ思考を入り込ませないように、少しずつ、自分基準で物事を選んでいく習慣に変えるんです。

だんだん、自分基準で選んでも大丈夫だとわかるようになり、そうしたほうが、自分の心が楽になっているとわかってきます。

まずは小さなことから、自分を慣らしていきます。
自分を基準にして判断できるようになると、自然に自分の本音を出せるようになっています。

 

いくらあなたのことを大切に思っている人でも、あなたの人生のすべてに責任を持ってくれるわけではありません。

自分のことは自分で選択していいのだと気づき、自分の意志で選択するようになると、自分の本音がわかるようになります。

慣れ親しんだ習慣が楽だと感じるかもしれません。
でも、本当の自分を知りたいと思ったときは、そこから一歩踏み出してみませんか。

 

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