ストーリー

役割の私はもうおしまい。本当の自分で生きる:ストーリー8

役割の私は終わり

自分が役割で生きているかどうかなんて
考えたことはありますか?

考えたことがなかった私でしたが、
その視点を持てたことで、

たくさんのしがらみから解放されたというお話し。

自己否定のかたまりだった私が、
<本当の自分を取り戻すまで 最終回>です。

やりたくてやっているのか?役割だからやっているのか?

毎日の生活の中で自分がやっているたくさんのこと。

当然のごとくこなしていることだけど、
よく考えてみると、

ホントはしたくないかもしれないのに、

自分がしなきゃいけないから、
しょうがないから、

そう思ってやっていることはありませんか?

家庭的な役割。社会的な役割。
何か人生がうまいこと回っていないと感じる時って、

この「役割」に
がんじがらめになっていることがよくあります。

ホントの自分は嫌だと思っているのに、
この立場だから、役割だから、

・嫌だと言えるわけない、
・言ったらなんて言われるかわからない、
・言ったら自分の立場がなくなる、
・よくわからないけど、嫌だと言っちゃいけない気がする・・・・・

みたいな理由で、
仕方なくやっていることはないでしょうか?

方向違い

役割は大切だし必要なものでもありますが、

自分を認めてもらうための
埋め合わせ行為になっていると弊害がでてきます。

私も、自分では
「私がそうしたいから、やっているんだ」

と思い込んでしてきたことが、
冷静に考えてみると、

・子どもとしてやらなければいけないと思っていたから、
・母親としてやらなければいけないと思っていたから、
・妻の立場としては当然だから(夫に腹を立てている時ですら)、

みたいな理由で、

ホントはしたくもないことを、
「しなければいけない」とも思わずやってきていたのだ

ということに気がついてハッとしました。

役割に縛られているとセルフイメージの自分も低下する

『子どもとして、親の期待には応えないといけない』
と思っていて、期待に応えられないでいると

『親の期待に応えられない自分』
が出来上がるので、

いつまでたっても親の期待には応えられません。

『母親として、子どものためにあれをしなければ、
こうでなければ』

と思っていて、それができないでいると、

『ダメな母親』が自分の中に出来上がるので、
いつまでたってもダメな母親のままです。

役割で生きているということは、
本来の自分をどこかに置き去りしているということ。

それでは人生うまく回りっこないんですね。

役割は役割でしかないのに、
私はホントの自分をどこかに忘れて、

役割だけの私になっていました。

そしていろいろなことを周りのせいにして、
悩みや問題に振り回され続けました。

でもそれに気づいたことで、
答えがちゃんと自分の中に見つかってきたんです。

いちばん根強かった母親との関係は、
絡まった糸をほどくのにとても長い時間がかかりましたが、

役割の自分で生きてきたことに気づけて、
自分はどうしたいのか?という視点を取り戻せました。

気がついてみると、

母との関係、夫との関係、子どもとの関係などなど、
あれだけ問題や悩みを抱えて、

自分の価値が見えなくなり
暗い日々を過ごしていたのに

すべてがいつの間にか
私の中で問題や悩みではなくなっていました。

長い葛藤の時代が終わり、
心穏やかに過ごせる日々が始まっていました。

穏やかな心

*****

人は家庭や社会生活のなかで、
何らかの役割を持って生きています。

役割そのものは大切だし、
お互いが協力して生きていくためには必要なものです。

でも役割にしばられ過ぎて、
「役割」を果たすだけの自分になっていることに

気づいていない人がたくさんおられます。

「役割」イコール「自分」だと思いこんでしまっているんですね。
つまり、その視点でしか物事を見れなくなっています。

ですから、物事がうまくいかないとか、
空回りしているように感じる時には、

役割だけの自分になっていないかを
ちょっと考えてみてくださいね。

自分らしく生きる鍵は、
自分の手が届くところにあるんです。

その鍵に気づくと、人生が好転しはじめます。

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