ストーリー

愛されなかったのに母を愛さなければいけないの?:ストーリー7

母親を愛せる?

母が嫌い、
母のようにはなりたくないと思っていても、

母親の影響はいやおうなく、
しかも強力に受けているものです。

でも、親だから愛さなければいけない、
許さなければいけないと言われても、

それはできない、難しかったというのが今回のお話し。

自己否定のかたまりだった私が、
<本当の自分を取り戻すまで その7>です。

 

心の奥を探れば探るほど、母親の影響の強さが見えてくる

親の考え方や物事のとらえ方、
特に母親のそういったものが嫌いで、

絶対に自分は
母のような考え方はしないと思っていました。

でも母の考え方のもとに育てられたことで、
私の言動が大きな影響を受けてきたのは確かです。

 

いつまでたってもツイてないことばかりの人生を
どうにかしたい、

そう思うようになって人の心理や脳の働き、
潜在意識に興味を持ち、仕組みがわかるにつれ、

自分の人生の問題には、
母親の存在が思ったより大きく深く、

大量のコールタールのように
べったりと張り付いているのがわかってきました。

母親の思考に染まる

ある程度までは自力で理解し
自分を癒してきましたが、

あまりにも深いところは
セラピーでひもといてもらうこともしました。

そうすると出てくるわ出てくるわ、
色んな形でウンザリするほど

母との関係性から起きていた問題が見えてきます。

 

親だから愛さなければいけないという言葉への違和感

私の奥深いところから出てきたのは、

母への怒りや恨み、
苛立ち、憎しみ、寂しさ、悔しさなど数知れず。

 

そういったことを通して
私が学ばなければいけないことがあったのは理解できましたが

「その奥にあるのはお母さんへの愛だよね。

ホントは大好きなんだもんね。
そう伝えたいんだよね」

とセラピストさんに言わたときに
強烈な違和感と不快感を覚えました。

 

本当はそうなのかもしれません。

でも母親との確執から
何とか抜け出ようともがいている身には、

実感できることではなかったのです。

 

母親だから、
優しくされたり愛されたりした感覚がなくても

本当は好きなのか?

好きにならなければいけないのか?

親のことは愛しているのが当然なのか?

 

必要な時に優しさをくれなかった人に、
愛されていると感じさせてくれなかった人に対して、

今さら好きという感情を抱けるものなのか?
好きと言えなければいけないのか?

I can't understand.

いくら自分に問いかけてみても、
好きなんて言う気にはなれないし、

「愛してる」と言うことは偽善のように感じました。

 

親をただ否定しているだけでは、

お互いの関係性から学ぶためにこの親を選んだ自分を、
否定しているようなものです。

私が望んだのは本来の自分を取り戻すこと。

そのために私に必要で重要だったのは、

「愛しています。好きです」
と言えるようになることではなく、

自分がそういう関係性を選んだ、
必要としていたのだということが理解でき、

納得できることでした。

 

母親を好きだ、愛しているとは言えない自分を
まずは受け入れること。

そして、違う視点でほんとにたくさん
母親との関係性を見直してみました。

そして、「愛しています。好きです」と
言えるようにはならなくても、

私と母の関係性を理解し
納得ができるようになったことで、

優しくされなかった、
愛されなかったことに固執する必要がなくなくなって、

心の中が大きく変わり始めました。

*****

母親から愛されないのはつらいけど、
愛されていると感じなかった母親を

愛さなければいけないと言われたり、

嫌いと思うことも親不孝のように言われるのは
ホントに不本意で不快でした。

無理にそう思わなくてもいい方法を探ったことで、
心は楽になっていきました。

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