ストーリー

まるで親の所有物。私は自分をなくしていった :ストーリー1

自己否定のかたまりだった私が、
本当の自分を取り戻すまでのストーリー、その1です。

『子どもは親の所有物』のような扱いを受けて
自分というものがなくなり、それは

大人になっても、私の心を支配し続けていました。

私の人生はなぜこんなにうまくいかないのだろう?

父親と母親をはじめとした周りの人々の言動、
当たり前だと教えられた習慣、

そういう自分の生まれ育った環境が、
物事がうまく運ばない私を創っていたなんて、

自分の内面と向き合うまでは気づくこともなく、
ずっとその疑問にまとわりつかれて生きていました。

親の言うことは正しい。

親にすべてを依存している幼い時期には、
当然そう思いますよね。

幼い頃の私も、親自身が

親の言うことは当然で、
それに従わない子はダメな子、悪い子

そういう言動を取るので
親の言うことは正しいんだと思い込んでいました。

幼い子供にとってまずは、
親が判断基準のすべてですから。

でも成長するにしたがって、
少しずつ自分で物事を考えるようになると、

ちょっと違うんじゃないかと思う場面も出てきます。

私は気が強かったので、
たまに自分の考えをつい口にしてしまうと、

「口ごたえばっかりして!」
と叱られるだけ。

子どもの意見など、無いも同然で、

何をしたいか、どうしたいのかといった
私の意思は無視されて、

親の都合で物事が決められ運んでいきます。
自分の無力感をつくづく感じるようになりました。

「あれをしたい」「これをしたい」と言っても、

世間体が悪い、
心配の種になるだけだからダメ、
そんなことに回すお金はない、

などなど、すべては

親の都合と家計の具合、
親のプライドにかかわらないかどうか

それだけで判断されていました。

しかもその基準は、
日によって気分によって、コロコロ変わります。

「あなたのためを思って」と言っている言葉の奥に、
親の思惑が隠れていることも、

子どもだって感じ取れるようになります。

私にとっては、幼い頃から
人格を認められてない私」を

強烈に感じざるをえない状況でした。

そんな体験が数えきれないくらい積み重なって、

自信がなくて自分を卑下し、

せっかく頑張っても、最後の肝心なところで
『どうせ私なんか』と力を出すことができず、

「欲しい」「したい」といった
自分の願望を口に出すことができない、

そんな人間になっていったんです。

もちろん生活していく上での、
大人の都合はあるでしょう。

でも、子どもの意見や感情を無視した意識、
子どもは親の言うことを聞いていればいいという考え方は、

子どもにとって多大な影響を及ぼします。

また将来的には親自身も、
そうやって育てた子どもの人生に

影響されてしまうことになります。

『子どもは親の所有物』のような扱いを受けていると、
子どもには自分というものがなくなってきます。

どうあがいても所有者の言いなりにしかならないことが、
日々の体験の積み重ねから、身に染みているからです。

幼い頃から身についたその感覚は、不思議なことに

大人になって、
親の言いなりにならなくてもいいはずの年齢になっても、

私の心を支配し続けていました。

そしていつまでたっても、
自分をどこかに置き去りにしたような

不安な現実を生きるようになっていたんです。

*******

子どもは親の所有物。
物心ついた時からその感覚をたびたび体験したことで、

後々ずーっと私の人生は
大きく影響を受け続けることになるのでした。

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