知り合いのSNSの投稿を見て、『いいなぁ』とか『羨ましいなぁ』と純粋に思う。
でも時々それを通り越し、ムカついて嫉妬してしまうのはなぜだろう?
一時期、やたらそんな投稿が目についていました。
おそらく自慢をしているのではないのです。
でも、書き綴ってある日常がとても満たされていて、私は嫉妬してしまうのです。
優しくて稼ぎのいい旦那様がいて、素敵なおうちに住んで、目先のお金を追うことなく自分の仕事を楽しんでいて、それがうまく回っている。
気持ちにも経済的にも余裕があって、やりたいことにお金も時間もかけれるし、欲しいと思ったものは手に入れている。
「きっと、小さい時から愛されて、大切に育てられたんだろうなぁ」ってわかるんです。
だから、そうじゃなかった自分が、とても残念な人に思えてしまう。
私が「欲しいなぁ」「こういうふうだといいのに」「あれがあるといいなぁ」と思っているモノとかコトを、その相手はたくさん持てている。
「持っていない私」と「持っている相手」。
欲しくても私が手に入れられないでいるものを、相手はあれもこれも手に入れている。
相手には「ある」、私には「ない」。
その比較が嫉妬になります。
この嫉妬心をどうしたらいいのだろう?と、苦しくて悶々としていました。
悶々としながらも、早くそこから抜け出したくて、自分に問いかけをしてみます。
<自分の意識が自分の現実を創り出してる>のだとしたら?
と考えて、現実から自分の意識を観ていくのです。
嫉妬は、私には「ない」、相手には「ある」という比較からです。
「ない」現実が創り出されているのは、私が「ない」という前提でいるからかもしれません。
だとしたら、その前提を変えればいいのではないか?ってことになります。
でも、実際「ない」ものを、いきなり「ある」に変えるのは難しい。
現実には自分には「ない」状態を、「ある」と思うなんて、そもそも無理なように思えます。
それに、そんな無理やりなことをしても、脳が抵抗するので変わらないはずです。
こういう時は、ソフトに変えていくといいんです。
「私にも、あるかもしれない」と、「かも」を使って仮定してみるのですね。
いろんな体験が積み重なって「ない」と思い込んでしまっていたけど、もしかしたら私の思い込みで「ない」と決めつけていたのかもしれない。
本当は自分にもあるのに、それに気づいていないだけかもしれない。
と、頑なな「ない」という思い込みを少しずつほぐしていきます。
そうやって少しずつ修正を続けていたら、次第に同じような内容の投稿を見ても、純粋に「いいなぁ」と感じるだけになってきました。
ムカつきや嫉妬の感情にのまれてしまうと、抜け出すのが大変になります。
なので、出来事と感情を分けるということをしてみます。
自分を第三者の目で眺めてみるのです。
ムカついてる自分を外側から眺めてみると、少し冷静になれます。
それから、これまで「あの人はあるなぁ」と思ったすぐ後に、セットで出てきていた、「でも私にはない」というセリフを、ちょっとがんばって意識的に止めます。カットするんです。
「でも私にはない」と思うと、嫉妬とか悔しさなどの強い感情とともに、脳には「ないのだな」とインプットされ、「ない」状況を創り出すようになります。
「あの人はあるなぁ」だけで止めておくと、脳は主語を認識しないので、「あるんだな」とインプットされ、現実を「ある」状態に一致させようと動き始めてくれます。
まるで脳を手なずけていくような感じ。
それで自分の現実がいい方向に変わってくるとしたら、面白いと思いませんか?
モノゴトの捉え方にはいろいろあって、どう捉えるかで結果が違ってきます。
<自分の意識が自分の現実を創り出してる>という考え方を取り入れたことで、私は現実の見方、捉え方を変えることができて、悩み事から早く抜け出せるようになりました。
今回の嫉妬問題もほどなく解消され、悶々とした苦しさはなくなりました。
早く心が楽になれるよう、<自分の意識が自分の現実を創り出してる>という考え方を採用してみるといいのではと思います。
本音で生きて、心自由に自己表現できる自分になりましょう。